Tongです。現状、早く仕事を辞めたい。FIREしたい。そう思っているわけで、どうしても仕事を「人生のデメリット」側に寄せて考えがちになる。でも、ふと立ち止まってみたら、仕事そのものは別段きらいじゃない、という気づきがあった。
仕事の何がイヤなのか
一体、何がイヤなんだろう。おそらく、一般的にはこの3つだろう。
- 仕事内容
- 一緒に働く人
- 会社のシステム
サラリーマンは、この3つを自分の都合で自由に変える権利が弱い。
で、自分の場合はたぶん「会社のシステム」に不満がある。
仕事の内容や緊急度に関わらず、机に張り付いている必要がある。
待機時間や隙間時間が多いほど「今日も一日、無駄に過ごしてしまったな」と感じてしまう。窓の外の夕焼けが綺麗だったりすると、余計にね。
逆に言えば、仕事内容そのものには大きな不満はない。
だからこそ、もし時間の自由度が増えたら、気分はだいぶ変わる気がしている。
「仕事が嫌」なんじゃなくて、「拘束されてる感じ」が嫌なのかもしれない。
仲間と友人は別カテゴリ
「友達と仲間は別物だ」と言った人がいたけど、これは完全に同意。
仲間は、仕事という枠組みの中で育まれる関係だと思う。
同じ目標があって、同じ話題があって、同じ状況がある。
定期的に共有するものがあるから、自然と会話が生まれる。関係も深まりやすい。仕事って、ある意味“接着剤”なんだろう。仕事でなければ会えなかった人たちがいて、そんな人たちに囲まれて日々を過ごしている。
ただ、仕事で出会って、どれだけ一緒に走っても、やはり友人とは違う。
何年も一緒に働いた仲間でも、相手が転職したあとに会うと、話題が合わず、思い出話に寄りがちになる。
それはそれで楽しいんだけど、「日常の更新」が止まる感じはある。
FIRE後の「つながり」をどうするか
仕事を辞める=仕事の人間関係の大部分は消える。たぶんこれは現実。
日常の会話や、人との接点はどうしても減る。ここを何で埋めるのかは、ちゃんと考えておきたい。
実際、リタイア後に社会活動へ移る人もいる。書籍を出したり、発信したり、セミナーをしたり。「何もしない」だけが正解でもなさそうだ。それに、国際機関のレポートでも、孤立や孤独はリスクとして語られている。
だから、FIRE後も人間とつながるために、仕事はしてもいいのかもしれない。
ただし、もしやるなら条件がある。
- 時間の自由が効きやすいこと
- 稼ぎのために消耗しないこと
- 無理せず、負荷を落として続けられること
やるからには一生懸命やりたい。
でも、一生懸命=しんどさ耐久レース、にはしたくない。仲間と何かを進める面白さや、会話の接点としての仕事で、社会の役に立てる。そんな働き方ができるなら、それはそれで悪くない気がする。
今日も余白を一つ。Tongでした。
